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 漁師の後から歩み出し、トンネルに入った。始め人家の灯で、黒白縞のドガのような漁師の着物の脊中が見えたかと思うと忽ち闇に吸い込まれた。彼は跣で跫音はせず、令子の下駄だけがトンネルの中で反響を起した。やがて、出口からの光でぼんやり漁師の頭の輪廓が見えるようになった。
 開いたところへ出ると、令子は飢えたように空を仰いだが、月は雲の裏にあった。薄明りが、草原と、令子と漁師の歩いている路を照して居る。又トンネルがあった。短いトンネルであった。虫の鳴く音や、自分の下駄の音が、一つトンネルを抜ける毎に、新しく令子の耳についた。
 又長いトンネルがあり、つづいて雨よけのさしかけのようなトンネルがあり、つき当りにやっと、鵜原館と電燈で照し出した白い板が見えた。
 濤の音がした。
 宿のものは、この時刻に来る客があると思って居なかったらしく、案内をした漁師に言葉もかけなかった。令子は変通自在な銀の小さい月を漁師の掌の上に落した。

 時候あたりだろうと云って居た宮部の加減は、よくなるどころか却って熱なども段々上り気味になって来た。
 地体夏に弱い上に、此の間どうしたのか頭の工合を悪くして三日ほど床について居た揚句にたべたかつおの刺身がさわったのだと云う事は確な事であった。
「まあほんとに不養生な、
 白肉のでさえたべない様にして居るのにねえ。
 あんなに云って置いたのをきかないからなんだよ。
と主婦は顔をしかめながら、例の人の難儀をすてて置かれない性分で早速、医者を迎えた。今じきにあがりますと云いながら、夕方になっても来て呉れないので、家の者は、書生が悪いと云ったので一寸逃れをして居るのだろう、お医者なんて不親切なものだなどと云い合って居た。
 物に熱し易い娘は、
 人の命の色分けはないじゃあありませんか、もう一度そう云って見ましょうよね。
 若しそいで来なけりゃあ私云ってやる。
と怒った太い声を出して云ったりした。

 日本語と云うものが、地球上、余り狭小な部分にのみ通用する国語であると云うことは、文筆に携る者にとって、功利的に考えれば、第一、損な立場であると思います。
 使用上、所謂、敬語、階級的な感情、観念を現す差別の多いこと、女の言葉、男の言葉に著しい違いのある点、文字が見た眼には、字画がグロテスクで、実は精緻な直感に欠けていることなども不満としてあげられます。
 けれども、ペンをとり、物を書こうとする時、此、われ等の言葉ほど、親密に内奥の感じを表現し得るものが他にありましょうか。
 不満な諸点にかかわらず、その直接性に於て此よりよいと云うものは感じられない。テキスト・ブック、としてでなく、ローマ字で、小説も書く気には、到底なれません。落付いて考えて見ると或る国民を代表する程の文学者は、知的、感情的両方面に、自ら最もよく、その国語を使った者ではありますまいか。
 国語の性質、普及の範囲などと云うことは、純粋に芸術に没頭した場合、決して、第一浮んで来る問題ではないと思います。